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    M78星雲より

    太平洋海戦史

     太平洋海戦史 高木惣吉  (目次
    まえがき
     本書は岩波新書の再出発にあたり、編集部が特に元海軍軍令部出仕兼海軍省出仕、元海軍少将高木惣吉氏に執筆を懇請して成ったものである。
     太平洋戦争については、終戦後3年余りの間に、さまざまな立場からする無数の批判が現れた。しかし、それは殆どすべて、この戦争を一括して外からこれを批判する、いわば超越的批評に属するものであって、この未曾有の大事件の内部に踏みこみ、その進行の過程の中にあらわれた諸問題に即して鋭い批判を加えた内在的な批評は皆無といってよい。もちろん、既にポツダム宣言によって刻印を打たれたように、この戦争が「思慮なき打算によって日本帝国を滅亡の淵に陥れた軍国主義的助言者」によって起こされたものであり、「世界の自由な人民の力に対する無益かつ無意義な抵抗」であったことを、われわれは徹底的に知る必要がある。そして、同じく同宣言にいわれているとおり、「日本国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障碍を除去する」こと、「言論、宗教および思想の自由ならびに基本的人権の尊重を確立する」ことが、この戦争の痛苦に満ちた体験から国民の引き出すべき結論であり、戦争ならびに戦争の原因となった諸制度に対する批判が、この観点から行われねばならないことも、われわれは常に明確に心得ていなければならないであろう。だが、こういう批判を徹底的に遂行するためにも、われわれは、これだけの大事件を単に超越的に批評するだけに留まっていてはならないと思われる。われわれは進んで、わが民族の運命にこれほど重大な影響を及ぼした未曾有の大事件の内部に踏み入り、その過程を正確に跡づけ、今日となっては思い浮かべるだけでも苦痛を催す諸々の事実を直視し、客観的な事実に基づいた精密な批判を打ちたてねばならない。恐らく、かかる批判のみが、情勢の変動によって動揺しない国民的確信を築きあげ、後になって或いは出現するかも知れない種々な曲説や誤解、今日なお国民の一部に残っているかも知れない誤った戦争観に対して、真の説得力をもつことができるであろう。
     われわれが特に本書の題目について、著者の執筆を懇請したのは、右のような見解からである。終戦によってこんどの戦争の愚かしさが明らかになるとともに、戦争を思い起こさせる一切のものが――歴史的資料として保存さるべき価値あるものさえも――今日では全く捨てて顧みられない状態にある。今日においてその資料を収集し、できるかぎり客観的な記録を留めておかないならば、右に述べたような国民的確信を打ちたてることも、かえって重大な障碍に出会い、後世の史家をして浩歎せしめるようなことがないとも限らないであろう。成人として戦争の惨苦を味わった人々は、直接な感情に頼って批判的結論をもつことができても、その体験をもたない次の世代が成人となった暁には、その批判は洗い流されてしまう。これは第一次大戦後ナチスの勃興の間にわれわれが親しく目撃したところである。この愚を繰り返すにしては、われわれはあまりに痛ましい犠牲を払っている。
     なお、本書の叙述が戦闘を取扱っている関係上、当時における立場にしたがって、「敵艦隊」「敵機」「敵機動部隊」等、敵という文字の使用を避けることができなかった。もし強いて避けるとすれば、一々「イギリス艦隊」「アメリカ陸軍飛行隊」「アメリカ海軍機動部隊」等の表現を用いねばならず、ジャワの海戦の場合のように相手方が数カ国の艦船によって混成されている場合など、煩ら堪えないことになる。改めておことわりするまでもなく、読者は「敵艦隊」等の語句が今日においてなんら敵意や敵対感情を含まないことを諒解されて、叙述された事実を充分客観的に読み取られることと信じる。
    編集者
    第8刷のまえがき
     本海戦史が出版されてから10年の月日が流れた。10年ひと昔というくらいであるが、著者にとっては夢のように過ぎた気がする。今日の知識で見なおせば、本書に多くの欠点があるのはむろんのことであるが、読者各位の寛大なお許しを願うほかはない。起稿のころ、連合国側の記録は一部の発表に止まり、発表そのものにも少なからず手加減があった。またわが陸海軍の現地報告や中央の統計も、戦局の悪化に比例してますます誤りを含んだものとなってしまった。欧米各国の戦記とか回想録と銘打つものが、いずれ劣らず誤謬や誇張が少なくない理由もこれと共通のものがある。
     戦後史料のおいおいと充実するのを見て、本海戦史の補正を思いたったのであるが、著者の健康に妨げられて実現できなかったのである。このたび第8刷の機会に、内外の信頼するに足る資料を比較参照して、主として人名、隊名、日時、場所および数字等の実質的項目の補正を試みたのであるが、大戦後半の記録は、各国ともいまだに整理研究が未完成なため、これらを利用することができず、他日の機会に待たなければならないのは遺憾である。
     初版当時、連合国占領軍との関係で発表できなかったが、本書のため財団法人史料調査会から著者に与えられた厚意と援助とはまことに多大なものであった。ここに改めて深謝の意を表したいと思う。
     1959年9月
    高木惣吉
     ポムペイの遺跡がヴェスヴィウスの灰燼に埋もれたままにせよ、再び日をあびてシルレルの詩に謳われようとも、古代ローマ民族「存亡の歴史」に異動は来さないであろう。ただ遺跡の発掘はこれを媒介して、往昔の生活と文化の遺産が、永く「在るがままの真実」を再現し、歴史的思考に豊かな史料を供することになるのは否み難いところである。
     太平洋戦争鐵火4年の嵐は、あるいは今世紀におけるソドムの劫火にっも例えられよう。そしてその苦難に身魂を削った人々にとっては、己が恐怖の記憶を甦らせることさえ、ゴルゴンの面をでも見るように嫌悪の的となっている。しかし単に回避すること、あるいは忘却することでは史実の変貌にはならないし、現在に始まる新しい時代の建設にも連関することにならないのではなかろうか。
     太平洋海戦史は太平洋戦争の著しい事実を辿ってこれを綴り、事実によって事実を語らせ、それらの事実が起こるようになった背後の根拠をも併せ記録しようと試みたものであるが、敗戦による史料の焼失と、当事者の死亡あるいは疎開のため証言を求め難いものもあり、さらに占領下の特殊事情から、現存史料にも信憑性に疑問あるものが少なくないので、終戦3年にして既にその真実を把握することの至難なるを思わせるようになった。しかし幸いにして累年職務の傍ら筆録した公私の記録を典拠とし、足らない部分を関係者の記録と談話とをもって補足し本編を成すことができた。その内容の確実を期するためには最善を尽くしたつもりである。
     著者は4年間の戦争舞台に登場した人物が、事件の経過および結果に及ぼしたその思想、判断あるいは処置については毫も評価を控えなかった。したがってそれは事実に基づくとはいえ、国民一般あるいは関係の深い諸氏にとっては意外の印象を与うることも起るであろう。しかしそれらの人々の伝記的人物評ではなく、戦争指導なり、一作戦に対する歴史的影響を究明しようとしたものに過ぎない。従来わが国の戦史はあまりに美挙(フェアプレイ)にみち、名将勇士に溢れ、錯誤、怯懦、紛糾、特に見通しの失錯など、およそ陰をおとす要素は捨象されるか、希釈されるのが通例であって、われわれを荼毒(とどく)したその弊害はいかに声を大にしても過ぎることはないと思う。しかし史料選択の困難の外に、生々しい記憶の疼く敗戦の経緯に筆を進むることの憂鬱と苦痛とは、環境と立場を自由に取捨することのできぬわれわれにとって、これは放ち難い苦杯であることをしみじみと悟ったのである。
     太平洋戦争を通して痛感されるところは、戦争指導の最高責任の衝に立った政治家、軍人たちの無為、無策であり無感覚であったことである。それは彼等が知識に乏しく勇気を欠いたという意味では決してない。また彼等が悉く平和と人道の反逆者であったという意味でもない。ただ彼等の技術なり知識なり勇気なりが、大は国策の指導から、小は一作戦の遂行に対して、有利な決定的効果をもたらした例はほとんど見当たらず、むしろその強情、軽卒、油断および怯懦が災害を招いた実例は山ほどもあげることができるであろう。ことにその構想力の欠乏、政治的ヴァイタリティーの絶無であったことは、ただ浩歎の外はないのである。また幕僚なり下級指揮官に顕著な事実は彼等の精神的動脈硬化であって、大本営の情勢判断がいかに独断的で客観性を欠き、その計画や編制が猫の眼のごとく変わったかは読者を唖然たらしめるであろう。新しい事態の認識、処置の変化に対する適応性の喪失は、個人的もしくは職業的体験以外にはいかなる「アンチテーゼ」をも超克しようとしなかった、いわゆる実際家ほどその症状は絶望的であった。組織と教育の反芻による自己満足、植民地戦の特殊経験を規範視した余弊が、わが太平洋戦争ほど恐るべき悲劇を招いた史例は少ないであろう。
     第1次大戦以後、現代戦争の総力戦となったことは広く論じつくされ、指揮官の地位が高まり、その責任が広汎となるにつれて純軍事問題とともに政治、経済、社会等各般の諸問題に対する理解と知識とが必要であって、動員、戦備、作戦が直ちに国民生活を根底から揺り動かし、しかもその国民の生産活動によって戦力が消長する相互媒介的なものであることも広く承認されていたことである。しかるに事実の示すところは、これらの世界的定説に陸海軍人がほとんど耳をかしていなかったことである。彼等は思索せず、読書せず、上級者となるにしたがって反駁する人もなく、批判をうける機会もなく、式場の御神体となり、権威の偶像となって温室の裡に保護された。永き平和時代には上官の一言一句はなんらの抵抗を受けず実現しても、いったん戦場となれば敵軍の意思は最後の段階まで実力をもって抗争することになるのである。政治家が政権を争い、事業家が同業者と勝敗を競うような闘争的訓練は全然与えられていなかった。服従の法規に縛られた自己の部下に対して命令する「戦務(ロジスティック)」は心得ていたが、国内における反対勢力の説伏や、対抗する敵軍隊に対する強靭なる闘争意欲に関しては何らの思想と訓練とを具備しなかった。過って国内の反対意見(オポジション)に敵意(ホスティリティー)を突きつけ、しかも外敵に対しては彼等自身の工夫と行動とによらず、望ましき結果を天来の偶然に期待して晏如たるものであったのである。
     陸海軍ともに専門的知識と技術とを最高度に必要としたものは決して大臣、総長または長官ではなく、むしろ艦長、連隊長以下の下級者であった。しかるにわが国の制度は少なくとも30年以上を経過してはじめて権威の偶像となる資格が得られたのであったから、指揮官は社会的知能の不具者であり、同時に軍事的知識の時代遅れでなければならなかった。かくて主将のロボット化は特に陸軍に著しい現象であったが、指揮官の意志が艦隊の行動に影響を及ぼすことの多かった海軍は、結果的にはより悲劇的であったとも言えるであろう。
     由来軍部の統帥と人事に対する批判は永く禁忌(タブー)として神聖視された。特に海軍人事のごときは係数の多少による順位、機械的公平主義、経歴による無批判の栄転主義は、その極まるところサマール島沖の敗将を兵学校長に据えるに至った。しかも幾多人事の不当による責任は未だかつて糺明された前例がなく、戦局の変転にしたがってついには敗戦の責任を問うことすらできないようになっていたのである。ミッドウエーの敗戦、ガダルカナル島およびトラック基地の油断等何人の眼にも昭々たる事件につきついになんらの措置が執られなかった。
     リッデル・ハートはその世界大戦史の序文において、かつては最良の将は過誤を冒すこと最も少なきものであったが、今や最小の過誤を冒すものこそ最良の将であると述べたのであるが、わが太平洋戦争中にあっては、実戦によって見出された指揮官の異常なる能力よりも、士官名簿の順位のほうが遥かに重大な要素であって、たとえネルソンあり、ナポレオンがあったとしても、彼等の年齢では決して戦略問題に容喙(ようかい)する地位に就けなかったであろう。ここにおいてかわが国は「過誤を冒す能力さえなきものが最良の将」という現象を呈したのである。
     独り何人かを傷つけるだけで他に貢献するところのないものは、真実といえども語るべきでないというパスカルの遺訓は十分心に留めたが、由来この国は当事者が単に故人であることのみの理由によってその業績の記録ならびに批判を斟酌すべきものとされている。しかし歴史的思考とは事実を事実の論理において考えることであって、過去と現在との相反する両極的統一である(マイネッケ)。かつてローマ民族も多くの破壊と残虐とを犯したのであるが、また人類の歩みに貢献したその創造と繁栄とは、彼等の過誤と切り離してこれを正しく理解することは許されないのではあるまいか。数しれぬわれわれの同胞が悲運の歳月とともに貽した毀誉まちまちの業績は、もしその真実の記録が後人の省察と批判に資することができるならば、ともにそれぞれの歴史的価値を持つことになるのではなかろうか。
     著者は太平洋戦争の計画とその実施については、身近に観察しうる立場にはあったが、自らその責任をとる地位に置かれなかった。したがって一切の作戦計画とその遂行に対し全く感情的先入観をいだいていないことを明かにしたい。ただし紙数の制約と研究の届かないために正鵠を得ず、精粗適切を欠く諸点のあるべきこと、さらに編制、人事、各種技術、裏付け作戦となった交通保護、通信等に関する貴重なる部分を割愛したことを併せて読者の宥恕を願いたいと思う。連合国側の戦争指導、その作戦記録等も発表の部分以外には資料を得られなかったので、双方の比較対照ができなかったこともやむを得ない。また陸戦の詳細に亘っては別に陸戦史の適任者あるを信じてこれに譲り、関連ある最少限の記録にとどめた。書中不備の諸点につき読者各位の叱正を仰ぐことを得ればこの上ない幸いである。
     本書の誕生は岩波編集部吉野源三郎氏の絶大なる激励と援助とに負うものである。なお貴重なる教示をたれ、懇切なる助言を与えられた先輩知友各位の恩恵によって辛うじてこの困難なる試みが遂げられたことを記して、ここに衷心より感謝の徴意を表する次第である。
     1948年12月7日 茅ヶ崎にて
    高木惣吉






    目次
    第1章 戦争の背景
     1 第一次大戦後の一般情勢
     2 世界恐慌と日本の社会不安
     3 日米交渉の破綻
    第2章 大本営の戦争指導ならびに対4国作戦計画
     1 軍備の標準
     2 開戦の準備
     3 大本営の戦争指導大綱および作戦計画
    第3章 第一段作戦(蘭印ジャワ占領まで)
     1 ハワイ海戦(真珠湾空襲)
     2 フィリピン島およびマレー作戦
     3 蘭印作戦
     4 インド洋作戦
    第4章 外郭要地に対する作戦
     1 戦争指導方針の決定
     2 珊瑚海海戦
     3 ミッドウエー作戦(附、アリューシャン攻略)
     4 ガダルカナル島争奪戦
    第5章 守勢作戦
     1 ソロモン群島ならびに東ニューギニアの激戦
     2 作戦方針の変更と北部ソロモンの空中戦
     3 ニューギニア沿岸の戦闘
     4 陸戦指導の概要(その1)
    第6章 南洋群島の戦闘
     1 中部太平洋諸島の苦戦
     2 マリアナ、西カロリン諸島の航空戦
     3 マリアナ諸島の喪失
     4 陸戦指導の概要(その2)
    第7章 フィリピン島および南西諸島の戦闘
     1 レイテ島を巡る海陸戦
     2 大本営の判断とその作戦指導方針
     3 沖縄島作戦
     4 陸戦指導の概要(その3)
    第8章 本土防衛戦
     1 大本営の情勢判断
     2 本土防衛の諸計画
     3 終戦
    付表

    陸軍師団数

    海軍基地航空兵力拡張表

    母艦航空兵力表

    陸軍航空兵力表

    ハワイ海戦参考表

    マレー沖海戦参考表

    インド洋作戦参考表

    珊瑚海海戦参考表

    ミッドウエー海戦参考表

    10

    ガダルカナル島輸送戦参考表

    11

    船舶被害ならびに造船量対照表

    付録

    文書名

    日付

    発出等

    1

    情勢の推移に伴う帝国国策要綱

    S16.06.28

    大本営政府連絡会議決定

    御前会議決定

    2

    帝国国策遂行要領

    S16.09.06

    御前会議決定

    3

    大海令第1号(その他)

    S16.11.05

    奉勅 軍令部総長永野修身

    4

    寺内南方軍総司令官等に対する杉山参謀総長 奉勅命令

    5

    対「米英蘭蒋」戦争終末促進に関する腹案

    S16.11.15

    大本営政府連絡会議決定

    6

    大海令第9号

    S16.12.01

    奉勅 軍令部総長永野修身

    7

    開戦第1日(12月8日)決定の理由

    8

    今後採るべき戦争指導の大綱

    S17.03.07

    大本営政府連絡会議決定

    9

    世界情勢判断

    S17.03.07

    大本営政府連絡会議決定

    10

    大本営陸軍部第二段作戦指導腹案

    S17.03 中旬

    11

    ミッドウエー島作戦に関する陸海軍中央協定

    S17.05.05

    大海指第94号

    12

    情勢に応ずる東部ニューギニア、ソロモン群島作戦に関する陸海軍中央協定

    S17.08.13

    大海指第120号

    13

    南太平洋方面作戦陸海軍中央協定

    S17.11.18

    大海指第159号

    14

    南太平洋方面作戦陸海軍中央協定(別冊)

    S18.01.04

    大海指第184号

    15

    第三段作戦帝国海軍作戦方針(別紙)

    S18.03.25

    大海指第209号

    16

    南東方面作戦陸海軍中央協定(別冊)

    S18.03.25

    大海指第213号

    17

    南東方面作戦に関する申合せ覚え

    S18.03.25

    大本営陸海軍部

    18

    戦争指導大綱

    S18.09.24

    大本営政府連絡会議決定

    御前会議決定

    19

    中南部太平洋方面作戦陸海軍中央協定

    S18.09.30

    大海指第280号

    20

    連合艦隊の準拠すべき当面の作戦方針(別紙)

    S19.05.03

    大海指第373号

    21

    当面の作戦方針

    S19.07.21

    大海指第431号

    22

    今後採るべき戦争指導の大綱

    S19.08.19

    最高戦争指導会議決定

    23

    今後採るべき戦争指導大綱

    S20.01.18

    最高戦争指導会議決定

    24

    帝国陸海軍作戦大綱

    S20.01.20

    大本営陸海軍部

    25

    帝国海軍当面作戦計画要綱

    S20.03.20

    大海指第512号

    26

    大本営における本土作戦準備計画

    S20.04.08

    大本営陸軍部

    付図(地図)

    1

    昭和16年12月8日午前の日本軍の姿勢

    2

    ハワイ空襲作戦部隊行動の略図

    3

    南方攻略作戦およびミッドウエー(アリューシャン)作戦略図

    4

    フィリピン沖海戦略図

    5

    太平洋海戦における諸海戦の概略位置

    6

    確保計画区域の変遷

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    1. 2013/08/07(水) 19:18:23|
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